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誰かに見られてる・・・!? [カメラのまなざし]


雨、雨、雨・・・

やっとむせ返るようなジャスミンのにおいに悩まされることなく歩けると思ったのに・・・

綺麗な薔薇を見せてもらいながら歩けると思ってたのに・・・

おまけに今週は体調不良で2日寝込んでしまった。

   

そんな先日のウォーキング中のこと・・・

ふと誰かがこちらを見ているような気がして

思わず辺りを見回した私。

  

ん? 誰???

ん? 何???

 

恐る恐る視線を感じた先を見てみると・・・


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米寿&傘寿のお祝い会♪ [言葉の花束]


先日、父の米寿(数え)&母の傘寿(満)のお祝い会が開かれた。
出席者19名。欠席3名。

会場となったのは郷土料理などを食べさせてくれるお店。
父は大腿骨を手術した関係で、正座やあぐらを組むことができない。
その点このお店には、和室にテーブル&椅子をセットできる部屋があるので大助かり。
父にもポニョ子にも優しいしつらえだ。

P介一家が参加することは秘密にしていたので、会の前にP介の姿を見つけた母は
もうビックリ仰天!
その後Qちゃんとポニョ子を見つけて2度ビックリ!!
ただでさえデカイ目玉が飛び出しそうになっていた。(笑)

 

長寿掛け軸.jpg お祝い会ということで、こんなおめでたい掛け軸が!

   

今回も例のごとく、国旗・家旗掲揚~から始まったのだが・・・
なんと今回は、真ん中にデーーーンとそびえ立つ掲揚台に家旗が賑々しく
電動で上がっていくではないか!!(笑)
なんでも兄が製作し、前日に完成したばかりだという。
その立派さは圧巻であったが、弟が作った可愛らしい掲揚台も、なんとも楽しいではないか。

家旗掲揚.jpg    国旗家旗掲揚.jpg

  

父と母にはお色直しをしてもらい・・・^^v

お色直し.jpg

  

ピコピコトンカチの合図でくす玉が割れ、「おめでとう~~!!」

くす玉.jpg

  

開会の挨拶やら祝辞やらは、皆、このキティちゃんマイクを持って。(笑)
上場企業の社長である義兄のこの姿は、社内報に載せたいくらいのベストショットだ!

キティちゃんマイク.jpg

おじいちゃん・おばあちゃんもキティちゃんマイクを持って挨拶をした。
二人ともしっかりした声で、仲良くお礼の言葉を言った。

  

両親には自動掃除機『ルンバ』をプレゼント。
その仕事っぷりを兄と弟が確かめるべく前もってビデオ撮影をしてきており、
その場で皆に披露。

『ルンバ』の上に鏡餅を乗っけて顔を描いたのは兄である。(笑)
昔っからチビ太とかドナルドダックの絵が得意中の得意だった兄なのである。

ルンバー1.jpg

 

弟の発案で、チョコレートのプレゼントもあった。
チロルチョコである。(笑)
写真のチョイスが最高~~^^v

祝チロルチョコ.jpg  祝・チロルチョコ.jpg

 

余興は、姉による「世界一受けたくない授業」・・・(笑)
右手で3拍子、左手で2拍子のリズムを刻むことから始まった音楽の授業。
5拍子の曲紹介(「テイク・ファイブ」「スパイ大作戦ミッション・インポッシブル」「ゴジラ」など)から
「シラミの歌」大合唱、「じんじろげ(森山加代子)」の歌熱唱まで。
続いては国語の授業。
孫→曾孫→玄孫→来孫→昆孫→仍孫→雲孫→あとは決まった呼び方はなし。
というお勉強などなど。

世界一受けたくない授業?.jpg 世界一受けたくない授業ー2.jpg

  

盛り上がってきたところで感謝状&表彰状贈呈。
おじいちゃんには感謝状を。おばあちゃんには表彰状を。

念願の感謝状を受け取ったおじいちゃん、おばあちゃんのを横目で見てこう言った。
父「お前は感謝状じゃないのか?」
母「はい、私は表彰状ですよ。」
父「そうか、よし!」
(爆)(爆)(爆)

感謝状.jpg

表彰状.jpg

  

娘P子は欠席だったが、心のこもったお手紙を書いてくれていた。
ご先祖様から1歳のポニョ子まで、みんなが繋がっていることに触れ、
おじいちゃんとおばあちゃんに感謝・・・というような、
壮大なテーマのメッセージだった。^^
父も母も大変喜んでくれ、代読した私も涙が出そうであった。

 

美味しかったお料理の数々~♪

料理ー1.jpg 料理ー2.jpg

料理ー3.jpg 料理ー6.jpg

料理ー4.jpg 料理ー5.jpg

料理ー7.jpg 料理ー8.jpg

料理ー9.jpg

 

おじいちゃん・おばあちゃんからは、お礼として、それぞれの家族に
写真立てとアルバムが渡された。
この日の写真を入れなくっちゃね!^^

  

国旗・家旗後納、写真撮影で会は終わった。
父母だけでなく皆が喜んだ、賑やかで楽しいお祝い会だった。^^v

 

*****

  

『ルンバ』はなかなかいい仕事をしてくれるそうだ。
お掃除が終われば自分で基地にもどる、健気なやつらしい。

ルンバー2.jpg

 

 


タグ:米寿 傘寿
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いざ郷里へ・・・ [言葉の花束]

 
本日、父の米寿(数え)のお祝いと、母の傘寿(満)のお祝いとが
郷里の和食屋さんで行われる。

それに先だって先日、宴会部長の弟から役割分担のメールが来た。

   

お疲れ様です!
いよいよ近づいてまいりました。

皆様の大まかな役割をお知らせいたしますので、心の準備をお願いいたします。

開会挨拶・・・・・兄
祝辞・・・・・・・・・姉婿
お祝いの記念品贈呈
  ①自動掃除機ルンバ目録・・・兄嫁
  ②ハズキルーペ目録・・・・・・・姉の長男
  ③チョコ詰め合わせ・・・・・・・・ポニョ子&Qちゃん
花束贈呈・・・・・兄の娘&姉の娘
乾杯・・・・・・・・・P夫
メッセージ披露(欠席者)
  ①姉の次男・・・姉
  ②娘P子・・・・・・Peko
  ③兄の次男・・・兄の長男
父母からの記念品・フォトブック贈呈・・・弟嫁
余興
  「不叶姉妹の美姉?による世界一受けたくない授業」・・・姉
  他・・・誰でも
感謝状贈呈・・・・・・・・・P介
表彰状贈呈・・・・・・・・・兄の長男
色紙贈呈&中締め・・・弟               以上。

 

息子P介一家が参加することは父母には内緒である。
初曾孫ポニョ子とのご対面はサプライズにしよう~!!との意見で一致した次第。
 

いやはや、どんなことになりますやら。。。

この時期に両親揃ってのお祝い会を開くことができる有り難さをしみじみ感じつつ・・・

行ってきま~~っす。。。

  

*****

   

昨年、慢性心不全・低アルドステロン症の治療とペースメーカー入れ替え手術のため
6月28日に緊急入院、何度かの意識混濁がありながらも、10月1日に無事退院した父。
退院後は低酸素状態が発覚し、24時間酸素吸入が必要となったが、
母や兄家族の温かく、時に厳しい(?)世話の下、塩加減も酸素加減も今のことろ安定し
まずまずの調子である。 

2010メール便-12’.jpg   2010メール便-5’.jpg   2010メール便-18’.jpg
リハビリ中~            退院が決まって~           退院直前のおすまし~

2010メール便-21’.jpg             酸素マスク.jpg  
退院の日、久しぶりの晩酌~       就寝時装着の酸素マスク練習中~
 

 


タグ:米寿 傘寿
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懐かしい感触♪ [気ままなヘルパー日誌]

  

仕事先でのこと。

 

80代半ばの女性はとっても前向きな考え方の若々しいおばあちゃま。

クリスチャン。

特技はマシンガントークと夜更かし。^^;

  

その方との会話のさなか、私が言った言葉に対してなぜか感心してくださり

「えらいえらい!!^^」

と言って、私の頭を優しくナデナデしてくださった。

  

何十年振りのことなのか、その記憶もないくらいに懐かしかったこのナデナデ。

とっても心地よくて、思わず自分の歳を忘れてしまうくらいに無邪気な気持ちになった。

  

素直にいい気持ちのまま仕事を終了したのだが・・・

  

如何せん、どういう会話、なんていう言葉でナデナデしてもらえたのかが

どうしても思い出せない。ーー;

 

うぅ~~~~~悔しい。

情けない。

  

でもほんと、

嬉しかった。。。^^v 

 

 

 

[ぴかぴか(新しい)]キラキラ[ぴかぴか(新しい)] 輝いていた、雨上がりの草花たち[るんるん]

ameagari-2.jpg

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ameagari-7.jpg

 

 


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2011 母の日 [言葉の花束]


日曜日の母の日・・・

カーネーションをもらった。

息子夫婦と娘から。

ありがとう。

母として。

お部屋や食卓に飾って心和ませてもらっている。^^

 

郷里の母には洋食器、5枚組のデザートプレートを送った。

3月に行った時に、普段よく使うお皿がハゲハゲ・カケカケになってることに気付いたから。

ありがとう。

娘として。

周りについた小さい薔薇の花模様がなんとも可愛らしいお皿。

母からは、新婚さんが使うみたいに可愛いお皿をありがとう~とお礼の電話がきた。

新婚さんの気分で毎日使っていいよ。^^

 

義母には、義母が好きそうな春・夏用のストールをプレゼント。

ありがとう。

きっとお似合いだと思うわ。

嫁として。

義母からは先日に続いて、またお礼の葉書が届いた。
 

  街並には名もない色とりどりの小さな草花が咲いて心を浮き立たせてくれます。

  今日はまた、清々しいストール、私の好みぴったりです。

  嬉しく嬉しく、胸がドッキンドッキンしています。有難う。

  背筋をシャンとして、使わせてもらいます。

  今日は五月晴れですので、ベージュのワンピースの衿元を飾らせて出かけて参ります。

  先日以来、重ね重ね有難うございました。       5月8日 昼

  

いただくことの幸せと、贈った物を喜んでもらえた幸せ・・・

これらをWで感じさせてもらった母の日だった。

ありがとう。。。


 

 hahanohi-1.jpg  hahanohi-2.jpg

  

 


タグ:母の日
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義母の傘寿のお祝い [言葉の花束]


今年の連休・・・

名古屋から息子一家がやってきた。
約1週間。
前半は義母も呼んで、賑やかに賑やかに過ごした。

中日には夫の弟家族とも合流して食事会を予定していた。
そこで義母には内緒で、この日義母の傘寿(昨年10月で80歳)のお祝いをしようと提案した。
夫は「うちではそんなことはしなくていいんだ。でもやりたかったらどうぞ。」と
私に変な丸投げをしてきたので、それならと、私が役割分担させてもらった。
と言っても、大した役割ではないが。^^;

開会の言葉・・・夫の弟
乾杯の音頭・・・弟家長女の婿殿
祝辞・・・・・・・・・夫
近況報告・・・・・各々
記念品贈呈・・・弟家長女の長男(3歳ー義母の初曾孫)
一言・・・・・・・・・義母
閉会の言葉・・・我が家の息子

記念品には義母が大好きな銀座・和光へ行って、義母が好きそうなボールペンをチョイス。
傘にしようかとも思ったが、ワンタッチ式のものがなく、値段も予算オーバーになるので断念。
丁度和光ブランドできれいなボールペンがあったので購入。10,500円也。

実は、今度の週末、私の両親のお祝いの会が故郷で開かれる。
父が数えで88歳、母が満で80歳になった今年、
米寿と傘寿のお祝いを一緒にしようということになったのだ。
昨年夏には3ヶ月の入院をして難儀をした両親を、落ち着いている今、
なんとか元気付けたいとの思いもあり、私の兄弟4人+嫁2人で相談して決めた。

義母と私の母とは3ヶ月違いの同い年。
なのに、自分の母だけお祝いをするというのはどうも気が引ける。
そこで義母のお祝いもこの機にやってあげたら・・・と思った次第。

夫の弟家次女家族3人と我が家の娘は体調やら仕事やらで残念ながら欠席。
出席者は大人9人と幼児3人。
場所は新橋、せとうち旬彩館「かおりひめ」。
愛媛&香川の美味しいものが食べられるので、義母には打って付け!

義母に内緒にはしていたものの、食事会が近付いてくると義母からは毎日こう言われた。
「私も去年80になったのに、お祝いをしようとかって、ちっとも盛り上がらないね。」
去年10月の誕生日には私と娘とでケーキとプレゼントを持ってサプライズ訪問したのを
忘れちゃったんだろうか?
それともそんなもんじゃ物足りなかった?
挙句に
「せっかくみんなが集まるんだから、私の傘寿のお祝いってことで、私にご馳走させてよ。」
発言まで。

が、そんなことは想定内だったので、
その時までひたすら義母の執拗な傘寿アピールの言葉は右から左に聞き流した。
そう言えば、ムーディーって、何してるんだろ・・・

さて食事会当日。
前もって弟家にも役割を伝えていたので、弟も婿殿も快くすんなりとやってくれた。
が、我が夫。
「ではここで、P夫よりお祝いの言葉を・・・」の声に
「そんなのいいよ。続けてお母さん(私のこと)が言えば?」と、往生際の悪いこと悪いこと。
「この期に及んで何言ってんの?はい、言ってください!」と私。
「じゃあ、もうちょっとあとだったら言うよ。」と夫。
で、しばらくの後、再度振ったところ、今度は
「ワインを1杯飲んでから!」と夫。

結果、夫は自分でハードルを上げてしまった。
義母の方はというと、夫が2度も引き延ばしたことで、
どんなに嬉しい感動の言葉を言ってくれるのかと、その期待感は否応なく高まってしまったわけで。

ワインを飲んで、さぁ~いよいよ夫のお祝いの言葉の時・・・
私は気付かず息子から聞いたのだが、
義母はおもむろにハンドバッグからハンカチを取り出して、泣く準備に入ったそうだ。
可愛い息子のお祝いの言葉に泣く気満々だった義母。

ところがすっとこどっこい、夫のお祝いの言葉はどこか中途半端で、義母は泣けず。^^;
最後の「もうちょっとだけ長生きして下さい。」との〆の言葉に
「え~~もうちょっとだけ~~!?」とのご不満の言葉を発した義母。
一同大爆笑であった。

3歳の初曾孫がプレゼントを渡し、お礼の言葉を義母が言い、
最後は息子が締めて、無事に義母の傘寿のお祝い会が終わった。

その日義母は私たちと別れ、弟家へと帰って行った。

ホームに帰った義母からお礼状が届いた。
勿論、あの記念のボールペンで書かれたものだ。

  

まだ幸せの余韻にひたって居ります。

此の度は、充分なお世話をいただき、有難うございました。

感謝申し上げます。

思いもよらない傘寿のお祝いに、感謝して心が打ちふるえて居ります。

こんなババですが大事にして下さって有難う。

少しはお利口さんにならなくちゃネ。           合掌

 

[手(チョキ)][わーい(嬉しい顔)][手(チョキ)]

 

お礼の電話もかかってきた。

「傘寿だなんて、ちっとも頭になくって・・・」

[がく~(落胆した顔)] どの口が言うんじゃぁーーー[exclamation×2][exclamation×2][exclamation×2]

何枚も上手の義母なのであった。。。
  


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2011 子供の日 [カメラのまなざし]


世田谷公園。 (写真は少し前の平日に撮ったものです)

 

2011鯉のぼり-2.jpg

 

2011鯉のぼり-1.jpg

 

日本の、世界の子供たちの、ポニョ子の

健やかな成長と幸せを願って。。。

  

 

 

mamagoto.jpg  IKEAおままごとセットの前でご機嫌なポニョ子[るんるん]

                  すべり台もお気に入り[るんるん]  suberidai.jpg 

  
  

 

 

2011鯉のぼり-3.jpg  

       (こちらは5月8日、日曜日の公園)

  
 


タグ:子供の日
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2011 桜のころ・・・ [カメラのまなざし]


2011桜-3.jpg

  

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2011桜-8.jpg

2011桜-2.jpg 

2011桜-9.jpg

   

今年の桜は静かでした。

そんな桜を見つめながら、

私や子供たちにとっては第二の故郷とも言える仙台や東北の地を想い

ただただ祈ることしかできませんでした。。。

 
 


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ちゅっちゅ♪ [言葉の花束]

  

昨年末・・・

狭い我が家に息子家族&義母がやってきて

てんやわんやの賑やかな賑やかなお正月となりました。(笑)

ゆっくりと年賀状を見ることもできない忙しさ。^^;

なんとか無事に皆でお正月を過ごし、それぞれが引き上げて行った後は

身体は疲れていましたが、なんとも言えない充実感に包まれた今年の年明けでした。

実家の母は、何十年もこの何倍も忙しいお正月を送ってきたんだなぁ・・・と

改めてしみじみ思いました。

感謝です[るんるん]

 

 

ちゅっちゅ♪.jpg

 

この小さくて、でも大きな大きな存在のポニョ子に

じーじ&ばーば&大ばーばはとっても癒されました~~[揺れるハート]

 

ありがとうね、ポニョ子[るんるん]

頑張れ、パパ&ママ[るんるん]

 
 


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君の瞳は・・・ [言葉の花束]

 

瞳♪.jpg

 

ポニョ子よ・・・

君は何を見つめて何想う

 

どうか子供たちが生きやすい世界となりますように。。。 

 


タグ: ポニョ子
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神無月にかこまれて、東へ西へ♪ [言葉の花束]


先週、いや、先々週になるのかな?^^;
名古屋の息子宅へ行ってきました。
7月に行った時にはじーじ&ばーば&超ばーば(義母)の3人で行ったのですが、
今回は義母ではなく娘P子と3人で。

ポニョ子も下の前歯2本が生えてきて、伝い歩きもできるようになり
文字通りすくすくと育っており、感謝です。
いっぱいポニョ子に遊んでもらいました。^^v

ただね・・・男の人に対して人見知りが強くて・・・
私は抱っこもできるし、笑顔もいっぱい見せてくれるんだけど
夫とは目が合うと、なぜか泣き出してしまうポニョ子。(笑)
じーじがあやそうとすればするほど大泣き状態。
一日目は全くだめで、抱っこもさせてもらえなかった可哀想なじーじ。(笑)

2日目になって、ようやく笑顔を見せてくれるようになったポニョ子。
でも、これ以上は寄って行けませんでした。

IMG_1088''.jpg

微妙な距離感。(笑)
それでも、ちゃんと見つめ合うことができて、笑顔を見せてくれたので、
じーじはそれだけで満足でした。^^v
 

 

次の週は福島県は郡山に住む夫の友人から遊びにおいで~とのお誘いがあったのですが
私は今日からまた実家へ行く予定にしていたので、夫一人で行ってもらいました。
無理はできないお年頃ですよって。(^^ゞ

で、父の様子見と、母のストレス軽減のために(実は私のためでもある!)
今週いっぱいは実家で過ごしてきます。

実家では酒蔵ライブもあるようなので、楽しみ~[グッド(上向き矢印)]

ではでは行ってきます。。。

 

[るんるん]神無月にかこまれて

 

[るんるん]東へ西へ

 


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父の入院と退院 [言葉の花束]


ご報告が遅くなりました。

6月末に入院しておりました父が、先日、めでたく退院いたしました!!

86歳。3ヶ月と少しの入院生活から、よく復活してくれました。^^v

 

以下、書き留めておいたもの、メールなどを覚え書きとして・・・

 

【6月28日】

父が入院した。

春先、ヘルペスになってからおかしくなった。
ヘルペスが治っても調子が戻らず、食欲も全くなくて
母が溜息ばかりついていた。

で、夜中、息苦しそうにしてたり足がむくんだりしたことで
診てもらったところ、即入院ということに。

肺に水が溜まっていて真っ白になってたそうだ。
塩分も不足。
心臓も弱ってるらしい。
ペースメーカーを入れてても、歳には勝てないのか。

慢性心不全との診断。
集中治療室に入れられた。

また元気になってくれればいいのだが。。。

 

【入院2日目】

今日の父は足のむくみが劇的に解消され
心臓の音もしっかりとしてきたそうだ。

が、何分高齢のため、いつ心臓が止まらないとも限らないという、
まだまだ安心はできない状況。

それでも一般病棟が空けば、集中治療室からそちらに移ってもいいと
言われたそうだ。

ひとまずやれやれ・・・かな。

このまま回復に向かってほしい。

この集中治療室での面会は厳しくて、
1日3回、1回15分、家族2名に限る・・・というもの。

何事も母がそばにいないとだめな父と
そんな寂しがり屋の父を心配してやまない母。
どちらもが姿が見えない辛さを抱えてしまうので
早く一般病棟に移った方が、お互いのためだろう。

あとは、母がしっかりと休む時間を確保してくれればいいんだけれど・・・。

 

【入院3日目】

昨日の午後、父は一般病棟に移った。

今日、母はお昼前ごろに病院へ着き、夕食後まで父に付き添った。

夕方の回診時、先生が父に訊いた。
「Mさん、ここはどこですか?」
「ここは〇〇〇市立病院です。」と父は答えた。

「今朝訊いた時にはわからなかったですもんね。^^
 『ここはどこですか?私がここにいることを
  女房は知ってるんでしょうか?』
 って言ってましたよね。
 奥さんは毎日来てるじゃないですか~って言ったんですけどね。^^;」
と先生。

酸素不足で呼吸が苦しそうなのに、父本人は聞かれても
「たいしたことはないです」「苦しくないです」と。
「足がちょっとむくんだだけで、どうして入院なんだ?」とも。

認知症?かなりキテる?

明日は胸のレントゲンと、カテーテルの検査もあるそうだ。

ちょっと切なくなる。。。

 

【入院5日目】

一昨日一般病棟に移った父。
まだ肺には水が溜まってるらしくて、24時間点滴状態。
おしっこの管は取れた。

4人部屋での父の周りには、いろいろ機材も置いてあって
夜、母が付き添いのために泊れるようなスペースはなかった。
父も納得の上で帰宅し家で休んだ母だったが、
父のことが気になって、なかなか眠れなかったと言う。

父は父で、看護師さんの話では、家に帰る!と言って
自分で点滴を外したらしい。
本人、覚えてないそうだが。^^;

母は兄たちとも相談して、昨日は気兼ねなく過ごせる個室に移った。
兄嫁の話では、居心地の良さそうな個室で
ソファーも寝られるようになってるとの事。
早速昨夜から母はお泊り保育、いや、お泊り介護となった。

今日、母に電話すると、かなり疲れた様子。
一応寝られるようにはなってるソファーだそうだが、
あまりにも細くて、ちょっと動くと落ちそうになって
なかなか眠れなかったとの事。

おまけに父のトイレ介助が夜中にも何度もあったとかで
本当にしんどそうだった。

来週、一度行った方がいいかなぁ。。。

我が身の今の体調が恨めしい。。。

 

【入院7日目】

昨日、姉と相談して、時間差で帰省することに決めた。
まずは私が6~8日の予定で帰ることにした。

今朝、母に電話を入れた所、父の様子がおかしいとの事。
なかなか起きなくて、ゆすっても目も開かないという。
珍しく夜中も起こされることがなくてぐっすり眠ったというが、
父の方は、どうしたことか、オムツからも尿が漏れて、
びしょ濡れになってたそうだ。
意識混濁を起こしていたのだ。

この病院、ちょっとあてにならないところがある。
前に心筋梗塞で入院した時にも同じようなことがあった。
父の場合、Na濃度が低くなるととたんに元気がなくなるので
要注意との話をしてあったにもかかわらず、
あまり気にしてもらってなかった。

今回も事前に言ってたらしいが、担当の先生が12日までの休みに入ると
誰も回診にも来てくれないなど、なんだか頼りない限りだ。

兄は、普段父が一番お世話になっていて父のことを一番よく知っている
この病院の元院長・現〇〇診療所のK先生に相談した。
するとその先生がすぐにいろいろ話をしてくださって、
なんとか対応をしてくれるようになった。

以下、兄からのメール

「検査結果と治療方針」

 主治医不在のため代理の先生来室。
 血液検査の途中結果、CLイオン値が低いのでNaも低いと思われる。
 11時半過ぎラクテック注点滴(排尿促進して肺の水を出す)を
 少し減らす。
 明日採尿して、血液検査の結果と合わせて診断する予定。
 5分後再来室。やはりNa低い。
 120以下で意識混濁が起こるところ、110しかない。
 Na補給の整理食塩液点滴始める。
 排尿促進押さえれば肺に水が溜まって呼吸が苦しくなるし、
 促進すればNaも排出されて減る。
 心不全の治療にはこの問題がつきまとう。
 本人は低Naの傾向あり、高齢でもあり、微妙にバランスを取る必要が
 ある。
 食事が摂れない点は、すぐには心配しないでいい。
 長引けば栄養剤を点滴する必要あるが、今の治療には支障となるので
 当面、今の治療を優先する。
 
 基本はおやすみモード。
 今日の出された昼食は、おばあちゃんが頂くことにしました。


兄のはからいで、母は家に帰ってゆっくり休むことに。
母に代わって、今日の付き添いは兄。
長くなるかもしれないから、母には体力温存を心がけるよう言った。
付き添うだけでも疲れるものだから。

やっぱりネックとなったNa。
微妙なところでバランスを取りながら、なんとか乗り切ってほしい!!


 

【兄の付き添い当番】

4日の夕方兄からメール

 時折目が覚めた時の反応が今朝より出てきたよう。
 おばあちゃんが「H(兄)と交代します」と言ったら
 「ああ」と返事。
 解って返事したかは不明。
 基本まだ睡眠モードなので食事は無理。
 昼食はおばあちゃん、晩飯は私が代食。
 今晩は私が泊ります。
 明日は血液と尿の検査とレントゲンの予定。


兄が泊ってくれて母も助かったことだろう。


5日朝のメール。

「意識かなり明瞭、意味時々不明瞭」

 おはよー。
 意識はかなり戻って、反応もはっきりしてきた。
 ここはどこ?なにしよるん?を忘れてた由。
 採尿・採血共に早朝(深夜?^^;)済んで、後はレントゲン。
 詳しくは号外にて。


「号外!東703号室に朝がくる」

 22時  
  トイレどこぞ?
  看護師呼ぶ。
  看護師A登場。
  何時ですか?
 22時
  尿瓶にそこそこ溜まる。
  再び今何時ぞ?
 22時4分
  今何時ぞ?
 22時7分
  奥さんは?
  誰の?
  お前のよ。
  家におるよ。
  そうか、えらいのぉ。
  ・・・
  今何時ぞ?
 22時12分
  遅いの、帰らんのか?
  今日は俺が泊るよ。
  奥さんは?
  家におるよ。
  悪いのぉ。
  ・・・
  トイレは?
  オムツしとるから、そのまましたらええと看護師さんが言ってたよ。
  かまんのか?
  大丈夫。
  今何時ぞ?
 22時42分
  トイレはないんか?
  オムツしとるけん、そのまましていいよ。
  ・・・
  今日はどしたんぞ?
  おばあちゃんと交代したんよ。
  結婚式か?
  ???
  ・・・
  今日はどしたんぞ?ここは〇〇か?
  〇〇〇だよ。
  結婚式か?
  おじいちゃんの治療しとるんよ。
  自分はどうなんぞ?
  昨晩からほとんど眠りっぱなしやったんよ。
  ようなっとるんか?
  ようなっとるよ。こうして話せるようになったし。
  今何時ぞ?
  23時23分。

  看護師A巡回。
  今何時ですか?
  00時00分。

  がさごそ。
  おしっこはそのままオムツにすればいいよ。
  今何時ぞ?
  00時10分。

  がさごそ。
  おしっこはそのままおむつにするんぜ。
  うんちはいくまいが?
  うんちもかまん。
  今何時ぞ?
  01時00分。

  看護師B巡回。濡れたオムツと寝間着交換。
  今何時ですか?
  01時42分。

  今何時ぞ?
  01時47分。
  まだ寝んのか?
  ^^;^^;^^;
  遅くまで起きとる訳にはいくまいが。
  ^^;^^;^^;
  ・・・
  おい!今何時ぞ?
  02時57分。
  しょんべんしたいんじゃが、このままでかまん言うたかの?
  うん。かまんかまん。
  ・・・がさごそ
  そのままでいいんだよ。
  具合悪うての。
  それじゃ看護師さん呼ばんと。
  今何時ぞ?
  03時54分。
  呼ぶのはどこぞ?
  はい、これ。

  看護師B登場。おしっこを尿瓶に採って「これを検査に回します」

  今何時ぞ?
  4時。
  4回繰り返し。
  もう寝んか?
  ^^;^^;^^;
  君の家は〇〇か?
  違うよ、おじいちゃんと同じ〇〇よ。
  そうか、ご苦労さんじゃのう。
  ナースコールボタンをいじっているのに気付いて・・・
  また呼ぶの?
  いや、時間を見るの。
  そのボタンじゃ時間はわからんよ。押すと看護師さん来るよ。
  案の定、看護師C登場。
  どうしたの?
  時間を見たくて・・・今何時ですか?
  4時過ぎ。
  ありがとう。

 04時22分
  看護師B登場。
  ふと見ると、ナースコールボタンをしっかり握りしめ、軽いイビキを
  かいている。それを見た看護師曰く
  ついでに採血します。
  転んでもただでは起きないナース魂!

  おい!何時ぞ?
  4時半。窓の外、うっすらと明るさが・・・
  まだ寝んのか?
  --;--;--;

 04時40分
  生理食塩水点滴完了アラーム。ボタン押す。
 04時42分
  看護師B登場。生理食塩水パック交換。

 05時
  看護師D巡回。

  今何時ぞ?
  5時37分。
  テレビつけてくれんか?
  まだ早いぜ。(でも外はすっかり明るくなっていた!)

 06時05分
  看護師B巡回。
  体温計セット。

 06時20分
  看護師B巡回。
  体温・血圧・酸素OK!気分は悪くないですか?
  大丈夫。
  ご飯は食べられそうですか?
  解らん。
  おしっこ出てるから、内側のオムツ替えとこね。

  なんでみんなで〇〇来たんぞ?
  〇〇じゃないよ、〇〇〇だよ。
  結婚式か?
  おじいちゃんの治療だよ。
  眠れたか?

  ーー;ーー;ーー;

  アサー!!!


兄さん、ほんとにほんとにお疲れさま。。。

 

【7月5日夜】

兄からのメール

「現況」

 今日は意識ははっきりしてきたが、昼前から感染症と思われる発熱あり。
 元院長・現〇〇診療所のK先生(父のかかりつけ医)も来室。
 浮き沈みあるが徐々によくなるとのコメント。
 血液・尿検査の結果、更に厳密に排尿とNaとのバランスをとるため
 再びおちんちんを繋がれる。
 夕飯は半分食べて、意識も明瞭。
 今晩はおばあちゃんが付き添い。
 21時、熱も下がってスヤスヤよくお休みとの由。
 おばあちゃんもゆっくり休めるといいですが。

 明日、Pekoは気をつけて来てください。
 では、おやすみなさい。



そして私は母と兄弟たちに次のようなメールを送った。

「明日・・・」

 明日、お泊り当番に馳せ参じまする~~~
 8日までの予定です。
 待っててね~♪

 

【父の付き添い】

「東703便り(7月6日夕)」

 連絡遅くなりましたが、11時過ぎに無事到着しております。

 おじいちゃん、私が想像してたよりはしっかりした様子。
 時々お母さんの通訳がいるけど、たくさんおしゃべりしています。

 ベッド上からあれこれ細かい要求が出されるので、これが結構忙しい。
 それだけ調子が上向きになってるということでしょうか?

 昼食は玉子豆腐とスイカのみ完食。
 おやつにはゼリーをペロリ。
 月窓餅を母さんと仲良く半分こ。
 エンシュアも吸い飲みに移すと自分で飲みました。

 今は「うんうん」と多少唸りながら、黄門様を観ています。^^v



父は意識混濁からは脱していて、結構しっかりしてるように見えた。
が、胸には心電図のコード?鼻には酸素吸入、腕に点滴、
そしておしっこの管・・・と、ちょっとごそごそするとからまりそう。

私と母の夕食を近くのスーパーで調達して、
お夕飯は病室で一緒に食べた。

そして事件は起こった。

まだ私や母が食べてた時に、父が一人何を思ったか自分で薬を口に入れて
飲み込んでしまった。
あの硬いアルミのような包みに入ったままのものを!!

しばらくは喉に何か引っかかってる・・・と違和感を訴えていた父。
看護師さんから先生に言ってもらったところ、様子を見るしかないとの事。
胃に落ちれば後は下から出てくるのを待つしかないとも。

私や母がそばにいながら、どうして防げなかったのか!
気になりながら、母は迎えに来てくれた兄と自宅へ帰って行った。

夜9時前のこと。
水をくれというので吸い飲みで水を飲んだところ、ちょこっとえづいて
口をもごもごさせたと思ったら、口からぺろ~っと、その飲み込んだブツが
1センチ角の薬が出てきたのだ!
それはまるでマジックのように!!

こんな角角としたとんがったものが、よくまあ飲み込んで、そしてまた
出てきたことよ!

でもよかった。本当によかった。
気管とかに入ってたら大変なことになるところだった。
こうして無事に産み上げた?ことで、大事に至らなくて本当によかった。

母に伝えると、かなり気になってたようで、ホッとしたとの事。

食事・服薬時には要注意だ。
父に集中しないと。だな。

このことをメールで兄弟に送信した所、
姉と弟からは同じような返信が帰ってきた。
人間ポンプじいさんだと。。。
(--;)



「東703便り(7月6日10時半)」

 ぐだぐだ言いながらも10時過ぎ消灯。
 ぐだぐだ言いながらもすぐに入眠。
 落ち着いています。
 おやすみなさい。。。


「東703便り(7月7日朝)」

 昨日のアクシデントにはビックリでしたが、あれからは何事もなく、
 夜中は今何時攻撃を繰り出すも、今朝は気分も悪くないとの事。
 おじいちゃんの眠りは短い断片的な眠りの連続・・・という感じ。

 朝食はぼっちり。スイカとゼリーは食べました。
 服薬OK!
 まもなく頭のCT検査に行きます。
 Na不足の原因が脳にあるかも・・・とのことで検査します。


10時頃やってきた母は父としっかりと握手をして
産み上げた薬のことをよかったよかったと何度も話をした。

CT検査の結果は異常なし。
腫瘍などもなく、歳相応の脳みそだとか。

それにしても父の病気はやっかいだ。
高血圧で、心臓にはペースメーカー、大腿骨にはチタンが入っている。
低アルドステロン症でNa不足が起こると途端に元気がなくなる。
今回は肺に水も溜まっていて、それを抜くための点滴をすると
Naも尿と共に出て行ってしまうので、そのバランスが非常に難しい。
なんとかうまく調整して、早く元気にしてもらいたい。
頑張ってもらいたいのは父ではなく、お医者さんだ!!

お昼前、日中は母に任せて、私は実家に行き
シャワーの後、兄嫁にカレーをご馳走になって
ベッドで3時間半、ぐっすりと眠った。
途中、夫からの電話で起こされたのがちょっと悔しかったけど。

夕方はまた病院へ行き、夕食後に母は自宅へと帰って行った。

母が帰ってからは、眼鏡外して入れ歯も外して
いい子で寝てくれた父。
「まだ寝んぞ。」と言いながら、いい子で寝てくれた。
今の内に私も・・・と、気になってたホタルノヒカリも観ずに
幅60センチほどのベンチ兼ベッドに横になって眠った。



「東703便りPeko担当最終便(7月8日午後)」

 昨日の朝は10時頃母来室。
 私は母と交代して家に帰り、3時間半ぐっすり眠り体力回復。
 バスで5時半頃病院へ。

 夜8時過ぎ、母が帰る際には
 「お前がおらんとさびしゅうなるぞ」とおじいちゃん。
 後ろ髪引かれる思いで帰って行ったお母さん。

 おじいちゃん、夜は早くから睡眠モード。
 兄が買ってきてくれた夜でもハッキリと見える時計のお陰で
 今何時攻撃は激減。ほとんどなし。よく見えたらしい。^^v
 
 夜中、時々咳が出ても、自分でティッシュ取って対応。
 いい子で寝てくれました。

 が、が、んが~~~
 朝6時、点滴の警報がピロリンピロリンと。
 見てみると点滴の針が外れてる。自分で外した模様。
 すぐにナースコールをしてやり直してもらうも血が漏れだすなどして
 何度も診てもらいました。

 8時、朝食を食べようとしたところ、今度は鼻血。
 これがなかなか止まらず、耳鼻科へ行かされかけた時にやっと止まって
 耳鼻科へは行かなくてもよくなりました。
 
 なかなかすんなりとはいきませんな。

 兄に駅まで送ってもらい、今は電車の中です。
 以上、Pekoでした!



たった2晩だけでは何にもならなかったけど・・・
今度は姉が行ってくれるから・・・
あとはまた母と兄夫婦に負担をかけてしまうけど・・・

なんとか元気になって家に帰れますように!!

 

【父の様子】

7月9日 兄からのメール

 午後2時、体温37度、血圧70~120。
 ちょっと熱あるも、だるさ・しんどさはないとの本人談。
 8~9割方眠っています。
 その他、特段の異常及びよもだなし。
  ※よもだ=訳のわからないことを言うこと。(方言)笑
 2時45分、前商工会事務局長Oさんお見舞いに来室。
 2時55分、主治医代理先生回診。
 Na値は131でOK。聴診OK。
 微熱あるので抗生剤を続ける。
 尿は多過ぎるくらい出ているが、排尿促進の経口薬の加減は
 主治医I先生が出張から帰ってからの判断待つ。
 今の点滴はNaも少し含むが、栄養主体。
 もう少し食事が進むといいですね、との由。  以上。


7月10日 姉からのメール

「東703より愛を込めて」13:22

 無事到着しました。
 病室に入って「私は誰でしょう~?」と聞いたら、即座に
 「わかっとるよ!日本一美しい娘よ。」との事。
 さすが~!^^v
 
 そのすぐ後、ほんの少し食べたものをもどしました。
 昼食もほとんど残してたのに・・・
 
 今は唸りながらお休みです。
 とりあえず、ご報告まで。


「東703より愛を込めて」20:59

 8時ちょっと前に仕事帰りのI(甥っ子)が来て、
 おばあちゃんを連れて帰ってくれました。
 おじいちゃんも諦めたのか、「寂しいのぉ」とも言わず
 「明日は何時に来る?」と聞いただけでした。

 熱は36.7度。血圧OK。
 でもやはり食欲はなく、出されたものの2割位しか食べられない状態。

 でもさっき、TVのクイズ番組で難しい漢字が出てたのですが、
 全部読めてました。さすが!!
 「書け」と言われたら書けんが読むくらいならできるぞ!だって。

 今、看護師さんに目薬を差してもらって、睡眠モードに入ってます。
 ではまた明日!!


7月11日 姉からのメール

「東703より愛を込めて」13:07

 昨夜は特別ハプニングもなく、おじいちゃん、よく眠られたみたい。
 0:30と3:50にピロリン(点滴の警報)が鳴って
 看護師さんに直してもらってる間も、目を覚ます事もなく
 お休みでした。

 夜中のよもだもごそごそもなく、私もピロリンの時以外は
 ベッドから落ちることもなく、寝てました。

 今日は10時半頃、兄の車でおばあちゃんご出勤。
 私は兄と実家へ。

 兄夫婦と姪っ子は高校野球の応援で外出。
 私は仮眠をとって元気はつらつ。

 以上、現場からの報告でした。


「東703より愛を込めて」20:09

 おじいちゃん、昼食も夕食もほとんど食べず。
 夕食後、38度。
 昼間もほとんど寝てたらしいのですが、夕飯後も龍馬伝も観ずに
 ずっとお休みです。


7月12日 姉からのメール

「電車中にて」14:25

 病院から駅までダンディー・ブラザーに送ってもらって
 今、発車したところです。
 
 おじいちゃんは朝食・昼食全く摂れない状態です。
 血液検査の結果、Na値125。やめていた点滴をまた始めることに。
 (前回130に上がってたので中止してたそうです。)

 熱も早朝は36.8度まで下がってたのですが、また38度に
 上がってしまいました。
 この熱は、何らかの感染症によるものだということですが、
 血液検査をしても、その原因らしきものは不明。
 
 2週間排便がなかったので昨夜下剤を飲まされたら
 今朝は8時前からウンチングタイム。
 4~50分、ポータブルトイレに座って頑張ったので疲れ果てた様子。
 ご飯を食べる気力もなくなった模様。

 私が「もう帰らんといけんけど、誰かわかっとる?」って聞いたら
 「あなたのことは覚えとりませんが。」だって!!

 後で「冗談よ。元気で頑張れよ!」だって。
 こっちのセリフだよね。

 主治医の先生がやっと明日から出勤されるそうなので、
 もう少し何とかなるのを期待してるんだけど・・・

 こんな感じで一進一退という所でしょうか。

 では、ちょっこし寝させて頂きます。


兄からのメール

「主治医I先生カムバック」16:23

 先月末以来?久々にI先生カムバック。
 おばあちゃんが対応。コメントを伝えます。

 すっかり低Naになってしまい、長い間留守をしてすみません。
 その間のことは代理K先生から全て聞いています。
 先ずは感染症対策のため抗生剤を、そしてNa補給と栄養補給、
 これらを全て点滴で対応。
 感染症は原因わからず、色々考えてみる。
 栄養は口から摂れるものあれば、それもよし。との事。

 次の機会には治療の見通しを伺いたいですね。

 〇子、Peko、それぞれお疲れさま。
 今晩は再びおばあちゃんが泊り対応です。


 

【7月13日】

父のこと・・・

食事をつぶし食にしたところ、少し食べられるようになったと
母が嬉しそうに報告してくれた。
少しずつでも回復してくれますように。。。

姉がまた17日から21日まで母の負担軽減のために
行ってくれるそうだ。
有り難い。。。

 

こうして兄のメール一斉送信(兄・兄嫁・弟・姉・私・母)から始まったメール便は
退院まで続くのでした。。。

 


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2010 夏の想い出その後・・・ [言葉の花束]


9月に入ってすぐ、元生徒会長のM君から召集がかかった。

仕事がらみで上京するので、8月の同期会のプチ反省会をするぞーーと。

反省会の場所は、彼の甥っ子がやってるというビストロ。
我が家からは徒歩圏内のところのようだ。

しかしながら、このM君の情報、実はあてにならないことがあるから要注意なのだ。
前回、横浜は中華街で集まった時も、ヨウキロウ(楊貴楼?)なんて
ありそうだけど、実際にはありもしないお店の名前を言ったもんだから、
探せど探せど見つからないわけで。
そしたら全然違う名前のお店だったわけで。(一文字たりとも当たってはいなかった!)

そんなこともあったので、まずはネットで調べてみることにした。
すると、微妙~に発音の違う名前ではあったが、今度は確かにお店は存在した。
それどころか、なんとまぁ~過去に2回ほど行ったことのあるお店ではないか!!
彼の甥っ子のお店だなんて、全く知らずに家族で行ってたのだ。
この広い東京で、こんなこともあるのねぇ~と、プチサプライズであった。
(本当のサプライズがこのあと訪れるとは、露知らず・・・)

この日集まるのは5人の予定。
元執行部員が4人と、私の仲良しで婦人警官をしている友も誘って全部で5人。
M君はそのことを彼のHPに書いていた。

待ち合わせをして一緒に行く約束をしていた一人の女子部員が
当日急な家族の体調不良で参加できなくなってしまい、
一人の男子部員と婦人警官の友は仕事が終わり次第にかけつけるということで、
反省会のスタートはM君と私の2人でのプチプチ反省会となった。

そこへ一本の電話が入った。
M君の携帯へ、M君の奥様(奥様も高校時代の同級生)からだった。
「〇〇さんて人からあなたの携帯番号を教えてほしいって言われたんだけど、
 私の知らない人だったから、あなたに確認してからの方がいいと思って。
 5組だったって。知ってる?
 あちらの番号聞いてるから、連絡してみてね。」
そんな電話だった。

驚いた。
〇〇君は、私が高校時代に付き合っていた人だ。
といっても、手も握ったこともない清い清いお付き合いだったが。これほんと!(笑)
その彼が・・・なんで???
どうやらM君のHPを見て、連絡をしてきたらしい。

M君が奥様から聞いた番号にかけ直すと、
仕事が忙しくて参加はできないけど連絡だけしてみようと思って・・・
ということだった。

M君がその携帯を私に差し出した。
久しぶりだね。ローカル線の中で偶然会って以来かな?
うん。仕事、頑張ってるね~。もし早く片付いたら、おいでね~。
そんな会話をして、電話をM君に返した。
有名大手企業の宣伝部長をしているという彼。
そりゃ~忙しさも半端じゃないだろうことは想像できる。
そんな中でもコンタクトをとってきたことに正直驚いた。

暫くして婦人警官がやってきた。
私服だから、誰も彼女が婦人警官だとは気付かない。当たり前だけど。(笑)
知ってたって、未だに彼女が本当に婦人警官なのか信じられない私であることも
誰も知らない。(笑)

男子部員もやってきて、そこに東京で社会人をしてるM君の愛娘もやってきて、
途中、甥っ子が加わったり、甥っ子のお嫁さんやそのお母さんまでが挨拶に来られたりと、
反省会はそっちのけで、いろんな話に花が咲いた。

M君の携帯がまた鳴った。
〇〇君からだった。
ビストロ近くの駅まで来てると言う。
場所を教えてほしいとの事。

私と婦人警官は顔を見合わせた。
実は、この婦人警官の友もまた、彼のことが好きだった時期があったのだ。(笑)

〇〇君が来るの~!?
目をまん丸くしている婦人警官の友に、ついさっきM君の自宅経由でコンタクトをとってきた
彼の話をした。
仕事が終わりそうにないから今日は行けないけど・・・って言ってたんだけどね~
卒業以来会ってないという彼女は、かなりの喜び様。^^

電話での誘導に従ってやってきた彼が、2階窓際の席に座ってた私たちからも見えてきた。
そこを真っすぐ真っすぐ~~。はい、上向いて!
私たちは2階から大きく手を振った。

あの忙しそうな電話での話のあとで、まさか、本当に来てくれるとは!!
彼の登場は、この日一番のサプライズだった!!!

話は更に盛り上がる盛り上がる。
とは言っても、私と彼とはあまり話はしていない。
なぜか。
ここへ来て、M君が急におかしくなったのである。
なんでかわからんが、急に嫉妬心がふつふつと生まれてきたぞぉーーと。^^;
自分の娘の前なのに、Pekoは俺のものなのだ!!発言まで飛び出して。(爆)
完全に酔っぱらってしまったM君。(笑)

いや~~マイッタマイッタ。

気付けばワイン3本が空いていた。
悔しいことに、お薬を調整中の私はお酒禁止令が出てるため飲むことができず。
酔っ払いオヤジと化したM君が娘の前にもかかわらず口説いてくるのをシラフでかわし、
皆で大爆笑の楽しい楽しい時間であった。

〇〇君のクラスでは、たまに集まりがあるとか。
次の集まりには声をかけるから、是非是非来てほしいと。
婦人警官の友も、Pekoと一緒だったら行ってもいいよ~と言うので
この日集まった東京組メンバーの住所と携帯アドレスを教えた。

この後また電車を乗り継いでホテルまで一人で帰らないといけないM君を気遣った
娘に促されて、会は11時前に解散。
電車で帰る人とは最寄りの駅で握手して別れ、私と婦人警官の友はタクシーに乗り込んだ。
友、35年振りの再会でかなり興奮気味。(笑)
とっても楽しかった。ワインも美味しかった。来て良かった。誘ってくれてありがとう~~!!
と、何度もお礼を言われた。^^v

自宅に着くと、携帯にメール着信音。
〇〇君からだった。
あの頃と同じ目の輝きが・・・ って。
そんなこと言ってくれるのは彼くらいのものだろう。

体型も変わって、どっぷりおばさん真っ只中の私だけれど
この際、有り難く、素直に受け取っておくことにしよう。^^v

この日、酔っ払いオヤジはというと、
ホテルに帰り着くまでに迷子に迷大人になってしまったらしい。。。(爆)

 


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2010 夏の想い出 [言葉の花束]


早いもので、もう10月。
カレンダーも気が付けば残り少なくペラペラな感じ。
時の流れが加速度がついて早くなっていることに驚くばかりのこの頃・・・
 

さてさて、8月のことになるけれど、故郷では
タイムカプセルの中から出てきた8ミリフィルムの上映会を兼ねた同期会が開かれた。
(カプセルは高校時代に埋めたもので、5年前、35年振りに掘り起こされた。)
と同時に、当時写真部だったO
君が数年がかりで整理・編集したという
高校時代の写真のスライドも観せてもらった。

貴重な映像や写真の数々。
一瞬で気分はあの頃にタイムスリップ!
愛おしい時間たち。

当時の写真は実に懐かしかった。^^
個人的には、自分の超~どアップが出てきた時には腰を抜かしそうになったが。^^;
でも、どれも笑顔の写真だったことが私にはなんだか嬉しくて、
それもまた愛おしく思えた。
当時の私を実力以上に撮ってくれてたO君に感謝!^^

このところ、なかなか笑顔ではいられないこともあったりして・・・
そんな中でも 「笑顔が一番だよ~♪」 って、
18才の私が教えてくれたような気がしたよ。
やっぱりできることなら笑って過ごしたいもん!

そんなことを感じながら何度も写真を観せてもらった。
いやぁ~本当に間違いなくそれぞれの青春が詰まった力作だったなぁ~^^
(一番詰まってたのはO君の青春だろうけどね^^)
 

その写真の中に、「ドッキリカメラ」の看板があったのに気付いた人が
どのくらいいるだろうか・・・
そして、その看板がどういう時に使われたかを覚えてる人がいるだろうか・・・
 
あれは確か、「予餞会」か「3年生を送る会」だったと思う。
その中で、卒業生VS在校生という形で歌合戦を行った。
 
ある生徒が歌い終わった時に、たくさんの色とりどりの紙テープに交じって
誰かがトイレットペーパーをステージに投げ入れた。
 
いきなり、当時泣く子も黙ると言われた体育主任のK先生が
怒って怒鳴りながらステージに上がられた。
「今、このトイレットペーパーを投げたのは誰だ!!
 すぐに出てきて卒業生に謝れ!!」と。
 
歌合戦である程度盛り上がっていた場内は、一瞬でしーーーーんと静まり返った。
 
驚異の存在感を醸し出すK先生の声だけが体育館内に響き渡った。
「このお祝いの席で、こんなものを投げ込むとは何事か!!失礼じゃないか!!
 早く出てきて謝れ!!」と。
 
トイレットペーパーを投げ入れた生徒(I君)は恐る恐る立ち上がり前へ出た。
ステージ下の席で楽しんでおられた校長先生や他の先生たちも、どうすればいいのか、
どうなることかと落ち着かない様子。
 
K先生に引きずられるようにしてステージ上に上げられたI君。
館内は皆、固唾を飲んで成り行きを見守るしかなかった。
 
その時だ!
ステージのソデから一人の生徒が飛び出してきた。
赤いヘルメットを被って、この「ドッキリカメラ」の看板を持って
「ドッキリでしたぁ~~~!!^^v」と。
 
一瞬、体育館内は更に静まり返った。事の次第を理解するのに数秒かかった感じ。
こわ~~いK先生のなんともいえないイケズそ~な笑顔で皆はすべてを理解した。
直後、館内は地響きのごとく、地鳴りのごとくに唸り始め、
それまでに聞いたこともないような大歓声に包まれた。
拍手喝采・大歓声は、しばらくの間、鳴り止むことはなかった。
 
「ドッキリカメラ」大成功の瞬間だった。
 
誰も知らないと思うが、体育館の一番後ろで見守っていた私は、その瞬間、
一人で大号泣であった。
 
今で言うなら、映画「ソラニン」以上の絶妙のキャスティングではないだろうか。^^v
 
知っていたのはK先生と執行部、それから顧問のH先生、
あとは投げ入れ役と看板持ちの生徒のみだったかと。
 
後からM校長先生が、「あの時はどうしたらいいものかとかなり焦ったよ。」と
笑って仰った。
ユーモアを持って、私たちを理解してくださった校長先生や
この役はこの先生でしか成し得なかったと最初から皆が思ったK先生も
8ミリフィルムの中では元気に活躍されておられ、感動的であった。
 
どちらの先生も、今は天国から見守ってくださっている。
 
そして、重要な役どころ、「ドッキリカメラ」の看板を持つ野呂圭介役を務めてくれた彼も。
 
一足先に旅立っていかれた先生方や友たちへ、心からの哀悼の意を捧げつつ。。。
 

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夏の終わりのヴィシソワーズ♪ [美味しい話]


なんだかちょっとした小説のようなタイトル・・・な~んてね。(^^ゞ 

それにしても今日は朝から真夏のような暑さ[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]

でも明日からはいきなりぐっと気温も下がるらしい。

 

夏かった暑・・・ん? じゃなくって、

暑かった夏、一番喜んで食べてくれたのがこれ。

ジャガイモの冷たいスープ、ヴィシソワーズ[黒ハート][黒ハート][黒ハート]

  

ジャガイモの冷製スープ.jpg

 

夫も珍しく賛辞の言葉を発した。

「大変美味しゅうございます。」と。[わーい(嬉しい顔)][手(チョキ)]

  

夫、私の手料理にはほとんど感想を言わない。

「うまい[exclamation×2]」 とか 「美味しい[るんるん]」 は勿論、「まいう~~[揺れるハート]」 なんて言ったことがない。

残さないで食べてるんだからいいじゃないか・・・って感じ。

私が無理矢理言わせようとして訊けば

「美味しいでございます。」 と言いはするが、ちっとも嬉しくなんかない。

なんでここで丁寧語なんだ?って思うくらい。^^;

  

が、この時ばかりはスープを飲みながら自ら言った。

「大変美味しゅうございます。」

そして、何杯もおかわりをした。

「これで全部?P子に残しとかないといけないのか?」

「ううん~大丈夫。P子の分はちゃんととってあるから。」

すべて想定内である。^^v

 

うちの家族、このスープやカボチャのスープが大好きなのだ。[揺れるハート]

 

【材料】

じゃがいも4~5個  長ネギ白い部分2本分  牛乳  生クリーム100cc 
コンソメスープの素  塩・こしょう

【作り方】

じゃがいもと長ネギは薄切りにしてバターで炒め、
浸るくらいの水・コンソメスープの素と一緒にやわらかくなるまで煮込む。
牛乳を加えてミキサーにかける。
鍋にもどして更に牛乳・塩・こしょうで味を調えて、生クリームで仕上げる。
長ネギの代わりにタマネギとセロリでも美味しくできる。
じゃがいもをかぼちゃにすれば、かぼちゃのスープができる。^^v
冷た~く冷やして召し上がれ♪

 

我ながら、大変美味しかったでございます[るんるん][るんるん][るんるん] (笑) 


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むふふ [言葉の花束]


朝、出勤前の夫が

「あれ 取ってくれ。」 と言って、

私の前で腕を伸ばして人差指で取ってほしいものを指差した。

  

目の前でこんなことをされたら、私の中の何かが黙っちゃいない。

これをやるしかない。

 

私はおもむろに、夫が差し出した人差指に私の人差指をくっつけて

「E.T.~」

と言った。

 

夫がちょっと笑った。

いや、もっと笑いたいのを必死でこらえていた。

バカにされるかと思ったが、何気にウケた模様。

 

「じゃ、行ってくるから。」

「はい、行ってらっしゃい!」

 

やったね[るんるん]

むふふ。。。


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帰省から無事帰宅。 [言葉の花束]


数日前に無事帰宅しております。^^

さすがに毎日の病院通いや家事手伝い、長距離移動などなどで疲れしまい、
数日だらだらと過ごしております。

疲れは自宅に戻ってから一気に出てきたというか、実感できた感じ。
帰省中は、多分肉体的には疲れてたんだろうけど、
楽しくて心優しい身内のお陰で、精神的にはとっても楽で穏やかでした。
だから疲れも感じなかったんだと思います。

クラス会・同期会にも出てきましたよ~^^v
当時の高校生活を切り取った8ミリフィルムの懐かしい映像に、
皆で歓声をあげたり大笑いをしたりと、楽しいひと時を過ごして参りました。

写真部だったO君が数年がかりで編集した写真のスライドも感動でした。
そこには紛れもない17・18歳の仲間が、私が、いました。^^
私の写真、なぜかどれも楽しそーに嬉しそーに笑ってるものばかりでした。
そして、これがまた実力以上~って感じのいい写真だったのよぉ~。感激[るんるん](笑)
実に生き生きとした笑顔で、いかに学校が好きだったか・・・ってのがよくわかるような。^^
お勉強は大嫌いだったけどね。(^^ゞ

撮ってくれたO君には本当に感謝感謝です。

そんなこんなで、父の状態は薄皮を剥がしていくようなスローな治療しかできないけど、
家族全員に協力し合おうという意識があるので、
皆で母を助けながら、なんとか前向きに対処できてると思います。

ていうか、実際は父のことを何でも笑い話にしてしまうという、実はヒドイ子供たちなのです。^^;

詳しくは、また追々、兄弟間でのメールなんぞを記録として整理していこうかなと思っています。^^

まだしばらくは暑い暑い日が続くようです。
どうか皆さま、お気をつけてお過ごしくださいませませ。。。
 
 


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義母の引っ越し騒動 [人生、何が起こるかわからない]


それは突然の電話から始まった。。。

 

【7月29日(木) 義母の決断】

夜の10時過ぎ、義母から突然の電話。

「もうここは出ますから。もう限界です。耐えられません。
 理由は聞かないで下さい。
 自分でそう決めましたから、そっとしておいて下さい。
 私の最後のわがままをどうか許してください。」

義母は同じ系列の別の老人ホームに移ることを勝手に決めてしまった。

「しばらくウチに来て、頭を冷やしてからよく考えれば?」 と言う夫。
ゲッッ!!何て事を!!

「迷惑はかけたくないから行きません!」と言った義母。
ホッ。。。

しっかし本当に一人でできるのか!?
また振り回されそうなやな予感。

でもでも、今回ばかりは無理だよーー!!
私にはできないよーー!!

 

【7月30日(金) やっぱり・・・】

「迷惑はかけません。全部自分でやりますから!」
と言ってた義母だったが、やはりそれは無理な話で、今日は早速
「引っ越し業者がわからない。Pekoさん、探してちょうだい。」と言ってきた。

そして、やはりこう言った。
「明日からそっちへ行きますから。」

ホームでの人間関係に疲れ果てた様子の義母は、一時もホームにいたくないと言う。

そしてまたこうも言ってきた。
「引っ越しの時には手伝ってくれる?」

やっぱりな。。。

 

【7月31日(土) やってきた!】 

昨日、義母がやってきた。

「この暑い中、お袋を一人で来させるのか!?」
夫のこの言葉は私の心臓を突き刺した。

「俺は仕事があるし・・・」
と、いつものパターン。
私だって仕事がある。午前中の1件だけだけど。
それに何より体調が悪い。
夫は私の病気をどう思ってるんだろうか・・・

荷造りの疲れとこの暑さで、義母が来る途中倒れたらどうしよう・・・と心配になった。
でも、自分の体調を思うと、駅まで行くのが精一杯だった。

駅改札口で、「歳とった母をホームまで迎えに行きたいんだけど・・・」
と言うと、駅員さん、すんなりと「行っていいよ」と行かせてくれた。
いい駅員さんだ!ありがとう~♪

ホームで義母を待っていると、人波の向こうに義母が見えた。
とぼとぼとぼとぼ、おぼつかない足取りで、かなりお疲れ模様。
なんせ突然の事。
荷物は全部自分一人で一応まとめてきたからすごい。
2日、ほとんど寝てないそうだが、大丈夫か!?

目の前に疲れた年寄りがいれば何とかしてあげたくなるのは職業病か?

一緒にバスに乗って家まで帰ってきたのだが、
ホームで出会ったその瞬間から、義母の話は止まらない。

喋る喋る喋る喋る喋る・・・・・・・・・・・・・

家に着いてもひとしきり喋る喋る。
「お夕飯の買い物に行ってきます!」
と言って、やっと脱け出すことができた。

はう・・・どうなることやら。
私は大丈夫か!?
 
すんなりと別のホームへのお引っ越しができればいいけどなぁ。。。

  

【8月1日(日) Yホームと決定】 

義母はYホームへ移るつもりで出てきたが、ここで夫が口を挟んだ。

「今までの所を出てきたんだったら、この機会にYって決めずに
 もっと他の所も見てみたら?」と。
余計なことを~~~!!

義母もその気になって、いろいろ見てみたいと言い出し、
3人で別ホームの見学に行ってきた。
その後、Yホームにも行って再度見てきた。

いろいろ見比べた結果、やっぱりYホームの方がいいということで
義母の引っ越し先はYホームと決まった。

部屋が空くのは数日後になる模様。

夫は週末出張の予定。帰宅は日曜の午後。
三男夫婦は日曜しか手伝えないとのこと。
なかなかみんなの予定が合わないなぁ~

私ひとりで手伝うのは荷が重い。
かと言って、我が家滞在が長引くのもしんどいし。

私が実家に帰省する11日までに引っ越しができるだろうか・・・?



病気のこと、特に糖尿病に関しては偏見があって、よく思ってない義母なので
義母に言うつもりはなかったんだけれど、
「ケーキでも買おうか」と言い出した義母に、夫が私を指さして
「糖尿病だから、食べられないんだよ」と、言ってしまった。
あぁ~あ・・・

でもね、今日のお夕飯の後片付け、洗いものは義母が手伝ってくれた。^^v
ホームに入ってからは、家にやってきてもな~んもしなくなってた義母が。

心の中でどう思ってるかはわからないが、
今夜の洗いものに関しては、助かった・・・ということにしておこう。。。

  

【8月2日(月) 疲れるよ・・・】

昨日、夫が義母に糖尿病のことを言ってしまったので
バセドウのことはホームへの引っ越しが終わるまで言わないでね!と、
夫に頼んでおいた。
言うと、義母ができもしないのに「引っ越しは自分でします!」って言い出して
事がややこしくなるから。

にもかかわらず、夫は朝、義母の部屋で、バセドウのことまで義母に言ってしまった。
夫の判断で言ってくれたのだったらまだよかったのだが(いや、嬉しい!)、
どうして言ったの?と聞く私に夫は
「言ってくれって言ったじゃないか!!」って。

もう呆れて言葉も出なかった。
一体何を考えているのやら。。。

ま、W病気を言ったところで、私がやらないといけないことには変わりはないのだが。



仕事が2件あった今日・・・
私の仕事中に、義母は先払いの引っ越し代金を振り込みに行くと言う。
「ATMで振り込んだことありますか?」
「ないない。」
こりゃ一人では無理だな、と思った。
で、やっぱり私が一緒に行くしかないなと。

ATMでの義母の操作は、とんでもないものだった。
こっちが説明してるのに、勝手にタッチして何度もやり直すことになったり、
最後の方でまた勝手に「取り消し」を押してしまって、また最初の画面に戻ってしまったり。

案の定、とても一人では無理な状態だった。
できないことが義母のプライドを大きく傷つけることにもなるので
ものすごい気を使った。

で、疲れた。。。

  

【8月3日(火) 荷物の引っ越し日は決まった!】

6日が夫の誕生日なので、今日はプレゼントを買うため
渋谷へ出かける予定にしていた私。
義母が来たため、どうしようかと思ったが、予定も立て込んでいるので
行くことにした。

義母を一人で置いておくのもいろんな意味でちと心配だったので、一応誘ってみた。
「気分転換に、出かけてみようかしら。」と乗ってきた義母。

人が少ない東急本店で、私の予定としては、
時間を決めて別行動をしようと思っていたのだが、そう提案した私に義母は
「いやいや、私はあなたのあとをついてまわるだけでいいから。」と。
がっかり。。。

ついてまわるだけではすまなかった。
もう最初から最後まで、喋りっぱなしの義母。
ホームを出たくなった理由も、ついに滔々と喋り始め
帰る前には全てを喋り切ってしまった。
「あぁ~話してよかった。胸のつっかえが取れたわ。スッキリした!」
と機嫌がよくなった義母。
店内のカフェでお茶をご馳走してくれた。
お茶くらいじゃすまないけど・・・と思いつつ、私はアイスカフェオレを飲みほした。

機嫌良く帰宅した後、義母には引っ越し業者にTELしてもらった。
引っ越し日を押さえておくために。
そこで業者からは、5日の午後しか空いてないとの話。
大急ぎで私がYホームに電話をして、荷物だけでも5日に入れさせてもらえないかと相談し、
OKを取り付けた。
  
すぐに義母が業者に電話して、「5日午後でお願いします。」と言ったところ、
業者は「いやぁ~たった今、そこも埋まったんですよね~」と。
それを聞いた義母、「あらぁ~残念。ちょっとの差だったのね~」なんて、のんきな返事。
義母の携帯を奪い取って(笑)、私が交渉。
「ついさっき、5日の午後なら空いてるって言われたから
 引っ越し先に都合をつけてもらって、すぐにお返事したんですよ~
 空いてるって仰ったの、ついさっきですよね?ね?」
すると業者は「ついさっきでしたね~そうでしたね・・・」と。
ここは押すっきゃない!と思い、
「もう引っ越し先にも言っちゃったし、なんとかなりませんでしょうか?
 どうか、お願いします。」と私。
「じゃあ、少し時間を下さい。なんとか調整してみます。」と業者。

1時間以上返事がなかった。
きっとダメだったんだろう・・・と諦めかけてたその時、
義母の携帯に業者から電話。
私が出た。
「お客さんが日程を変更してくれましたので、5日の午後大丈夫です!」
「どうもありがとぉ~~~~~~~~~♪♪♪」
お客さんもありがとぉ~~~!!
 
と、荷物の引っ越し日は決まった。
 
問題はYホームの方だった。
義母が入る予定の部屋に、先住人の荷物がまだ置いてあって
なかなか引き取ってもらえないため、いつその部屋に入れるかは未定なのだ。

それでも、空いてる夫婦2人部屋へ荷物をとりあえず入れておいてもいいと
施設長さんから言ってもらったので助かった。
まだ置いてある荷物の引き取りが先延ばしされるようなら、
義母もしばらくはその2人部屋に入ってもらってもいいとも。
これは有り難い。

先住人さんのご家族からの返事がなかなかこないため、
夫と弟は相談して、義母には暫く2人部屋に入ってもらうことに決めた。
8日、弟夫婦がやってくれるそうだ。。。

  

【8月4日(水) お願いだから・・・】

今日は美容院へ行く予定にしていたので義母に言うと、「私も行きたい!」と。

我が家から徒歩2分の美容院へ朝一で電話。
同じ人にやってもらっているので時間差で予約。
私は10時から、義母は1時からにした。
今日は少し義母から離れていられる。
それだけでも気が楽になる。

昨日、思いっきり喋ってスッキリして
少しは機嫌良く過ごしてもらえるかと思ったが、
そう簡単にはいかなかった。

朝から重い雰囲気を漂わせ、美容院から帰ってきても、
いつも思うようにならない、言ったようにしてもらえない・・・と文句たらたら。

朝からいろんなこと、いろんな人に対する不平・不満ばかりが
口をついて出てきて、イライラしっぱなしの義母。
この人はきっと死ぬまでこれの繰り返しなんだろうな。

もう義母の負の作用を受けたくなくて、話しかけられても大部分を聞き流した。
正直、身体しんどくて、聞くのも喋るのも疲れた。

そんな無口になった私を見て、義母が言った。

「Pekoさん、疲れてるんじゃないの?休んだら?」
「Pekoさん、疲れてるげなよ。マッサージ機使うんじゃないの?」
「Pekoさん、私が来たからやりたいことができないんじゃないの?
 なんでも好きなことやってちょうだいよ。」
「私が来たことで、また迷惑かけることになって・・・
 もう自分が情けない。解ってよ、Pekoさん、そんな私の気持ち。」

・・・・・。

私が疲れてると思ったのなら、私に負担をかけたくないと思ったのなら
ごちゃごちゃ言わずに、黙っててくれーーー!
そっとしといてほしいのは私の方だーーー!!
お願いだから、静かにしてくれーーー!!!

  

【8月5日(木) 義母の実姉の遺産相続】

義母、実姉(長女)が亡くなったことで、その遺産を相続することとなった。

実姉には実子がおらず、再婚した連れ合いも先になくなっているので
義母たち兄弟(亡くなってる兄たちのところはその子供たち)が
遺産を分け合うこととなったのだ。

引っ越しに伴ういろんな手続きに加えて、そのための書類集めも
私がしなければならなくなった。
この暑い時に、細かい用事がいくつも増えて、
仕事だけでも疲れるのに、もう大変。

「Pekoさんに負担をかけるわけにはいかない」
なんて口では言うけど、今日なんて、私の仕事帰りが1時ぐらいになるから
お昼は自分で食べてて下さい・・って言ってあったの。
義母、お昼は納豆と梅干しでいいのよ~って言ったから。
それならいつでも冷蔵庫に入ってるし。

でもね、1時頃家に帰ってみると・・・
「まだ食べてないの。おそうめんでいいわ。」だと!!
なんじゃそりゃーーー!?

夫は明日から日曜まで出張。
もともと朝と夜しかいないし。

明日はその夫の誕生日なので、今日の夕食は外で。
夫の希望で中華料理屋さんでお祝いをすることにした。
お夕飯作らないでいいだけ助かった。

機嫌良く食べた夫。

私は複雑。。。

  

【8月6日(金) やれることはやった!たぶん。】

今日は義母と銀行へ行ったり郵便局へ行ったりと、住所変更の手続きや用事を済ませた。
私の仕事が終わる時間に合わせて待ち合わせをして行ってきた。

義母にはお昼ご飯を食べてから来るように言ったのだが、
義母は近所のクリニックで栄養剤の点滴を打ってもらったため時間がかかり、
お昼を食べないで直接待ち合わせ場所にやってきた。

「お腹空いてないですか?」の問いには
「空いてないわ。」の返事。

なので、銀行へ行って用事を済ませた。

暑いし、私もしんどかったから、バスで帰りましょう~と言うと
「足がくたびれて早くどこかに座りたい。
 近くにお蕎麦屋さんがあったわよね?
 ごちそうするから、おそば食べて帰りましょう。」

と、さっさとお蕎麦屋目指して歩き出した義母。
食前に飲む薬を持ってなかったが、
義母が「くたびれて身体が痛い。とにかく座りたい。」と言うので
おそばを食べてから家に帰った。

私はとにかく早く家に帰りたかったのに、そう言えなかった自分が恨めしい。

あとは相続の手続きに必要な戸籍謄本を故郷の市役所から取り寄せるため
申請書などの書類を揃えて郵便局から送ること。
申請書をダウンロードして、一緒に記入して、書類を揃えた。
郵便局へ出しに行くのは義母が行くというので、それは任せることにした。

これで、私がやれることはおしまい。
暑さと疲れのせいで、どこかにチョンボがあるかもしれないが、
あとは皆にお任せだ。。。

  

【8月7日(土) Yホームへの入所前夜】

今日は、仕事休みの娘がおばあちゃんの相手をしてくれるというので
午後少し出かけてきた。

姉が、メロンをたくさんもらったので、分けてくれるという。
しかも、駅まで持ってきてくれるというのだ。
姉、義母のことで疲れとストレスが溜まっている私のために
陣中見舞いに来てくれたのだ。

夫の身内にはこういう優しさが全くない。
我が兄弟は本当に頼りになる。
有り難い。本当に有り難い。

駅で待っていると、姉が大汗かきながらやってきた。
荷物を受け取ると、ずっしりと重い。
見ると、大きなメロンが2個!!
嬉しぃ~~~~~♪

久しぶりだからスイーツを食べよう~と、
ワッフルが美味しいお店で、ミニパフェとアイスティーを。
姉と、田舎の方言丸出しで喋って笑ってストレス発散!

娘からは「ゆっくりしてきていいよ~♪」のメールをもらったが
1時間半の姉とのデートだった。

義母はこの日、朝から頭痛がおさまらない・・・と、静かであった。
何か嫌なことがあると、すぐに頭痛が起こる義母なのである。

明日には弟夫婦がやってきて、義母をYホームへ送り
荷物の整理をしてくれることになっている。
Yホームの義母が入る予定の部屋は、まだ荷物が残っていて
いつ空くかがはっきりとはわからない状態なので
空いてる夫婦専用の2人部屋にとりあえず入ってもらうことにしたのだ。
1人部屋が空けば、弟夫婦がまた片付けを手伝ってくれることになっている。
お盆休み中ならそれが可能。夫も手伝えるし。
私が帰省している間にちゃんと落ち着いてくれることを祈ろう。

夜・・・義母が私に言った。
「いろんな手続きもさっさと終わってしもうて・・・(泣)
 本当にお世話になりました。(泣)」
と、泣きじゃくりながら歯磨きをして、10時頃部屋に入って行った。

泣かれても、もう何も感じない。
私はただ疲れただけ。
私も眠るとしよう。。。

  

【8月8日(日) Yホーム入所】

朝10時過ぎ、夫の弟夫婦が義母を迎えに来た。
夫は金曜から出張中で留守。今日の午後にしか帰ってこない。

弟夫婦は家には上がらないで、すぐにYホームに向かうと言う。

玄関を出る時に意を決して私は言った。
「お義母様も、この暑さの中で大変だったと思いますが、
 今回ばかりは私もキツかったです。」と。

弟嫁も聞いてたので、義母はバツが悪そうに
それ以上は言わないで~~というような顔をした。

「お世話になりました。」(義母)
「本当にお疲れさまでした!」(弟嫁)
「荷物の片付け、よろしくお願いします。
 お義母様、あとはゆっくり・ぼちぼちとやってくださいね。」(私)
と挨拶を交わして、3人は車に乗り込み、Yホームへと出発した。

見送って家の中に入った時には、なんだか少しテンションの高い自分を感じた。
ゆっくり休もうと思うのに、神経が高ぶったままで休めないのだ。
が、しばらくすると、ドドドドーーーーっと疲労感が津波のように襲いかかってきて、
私はソファーに倒れ込んだ。

久しぶりののんびりとした一人の時間・・・

帰宅した夫もお疲れモードで、遅い昼食を摂った後は
2人してソファーで眠ってしまった。

少し寝ると、気分も落ち着いてきて、買い物に行く元気が出てきた。
まだ眠っている夫を置いて、買い物に出た。

夕食準備をしていた6時頃、義母から、
無事に引っ越しが終わって弟夫婦も帰って行ったと電話があった。
ちょうど入るべき一人部屋が空いたので、そこに荷物を全部片付けることができたという。
よかったよかった。

「体調が悪いって知らなくて、本当にお世話になりました。」と義母。
「お義母様が『最後のわがままを聞いて』って仰ったから、私も
 正直辛かったけど、そのつもりで頑張りました!」

おぉ~~なんてことを。
そんなこと咄嗟によく言えたなぁ~~
と、そう言えた自分にちょっと驚き。

義母にしたら非常におもしろくなかったかもしれないが、
私も自分の身体が大事、いつもあてにされたんではたまらない。
ここは、このくらい言って、わかってもらっとかないと・・・

このくらいはいいよね?
あとは機嫌良く落ち着いてくれればいいけど・・・

こうして10日に渡る義母の突然の引っ越し騒動がなんとか片付いた。

それにしても我が夫よ!
「Pekoは体調が悪いから、今はお袋の世話は無理だよ!」
と、何故言わぬ!何故言えぬ!!

自分は仕事だからしょうがないだろ・・・と言って、私がやるのが当然のような顔をする夫。
この夫も死ぬまでこのままなのかーー!?

 

*****

  

1週間ばかし、帰省してきます。

台風よ、無事に行かせておくれ~~~!! 


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いろんなことが重なって・・・ [人生、何が起こるかわからない]


【父のこと】

6月末から入院している父。
肺に水が溜まっていて、レントゲンでは片側真っ白だったらしい。
心臓疾患もあり、ペースメーカーの助けで動いている。
やっかいなのは、低アルドステロン症という病気。
肺の水を薬で抜こうとすると、血中Naが欠乏して意識混濁になってしまう。
そこらへんの微妙なバランスを保ちつつ治療をするのが非常に難しいらしい。
本当に、ちょっとずつちょっとずつ・・・というじれったい感じの治療が続いた。

最近、やっとNa値も少し低いながらも落ち着いてきて、肺の水ももう少しというところまで
こぎ着けた。
身体についていた点滴やオシッコの管もなくなった。
ということで、ずっとベッドの上だった父も、ようやく歩くことに向けてのリハビリが始まった。
やっと・・・だ。
このまま順調にリハビリが進んで体力がつけば、
ペースメーカーの入れ替え手術をする予定。
順調にいきますように。。。

 

【私のこと】

バセドウはお薬のお陰で、確実に数値は良くなっている。
問題は糖尿の方。

バセドウの影響で一時的に血糖値が高くなっているのかと思いきや、
いろいろ調べてみたら、一型糖尿病を示す数値が(+)と出てしまった。
いずれは膵臓のインシュリンが枯渇してなくなってしまい、
インシュリン投与なしでは生きられない身体になってしまうという、
食事や減量云々の話では済まない事態に。
膵臓に残っているインシュリンの量を見て、治療方針を決めるとのこと。

じわ~~~っとショック。。。

 

【義母のこと】

そんな人生始って以来の最悪の体調、最悪の気候の中、
あの義母がまたしてもやってくれた。

入居していた老人ホームを突然「ここを出て、Yホーム(同系列)に移ります!」と言って
別ホームに移ることを自分で勝手に決めてしまった。
が、突然の事で、Yホームの受け入れ態勢は整っておらず、
結局Yホームに入所できるまで我が家にいることに。

「Pekoさんには迷惑かけません。全部自分でします。」と言ってた義母だが・・・
何も一人でできることはなく、ほとんど私が対応することに。
そしてやっと、なんとか日曜にYホームに入る段取りができた。

ただでさえ参っているところへ義母の世話・・・
もう「大変」という言葉だけでは表せないこの状況。

落ち着いたらまた書くかも。

とりあえず、日曜まで我慢我慢&ガンバガンバ。。。

  


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クラス会でも・・・ [言葉の花束]


この夏、高校の同期会があることは前記事で書いた。(1学年10クラス)

5年前に掘り起こしたタイムカプセルの中に
誰も覚えていなかった8ミリフィルムが入っていたので、その上映会を兼ねての集まりだ。

その前日には、前夜祭として我らが1組のクラス会もやろうという話が地元で盛り上がっていて、
その案内状が届いた。


中心となって幹事をしてくれてるのは、小学校の先生をしているO君。
高校時代には写真部だった男子。
彼から送られた案内状にはこんなことが書かれていた。

4年前、家の蔵から200本ほどのネガフィルムが発見され、
内60本は彼が高校時代に撮ったものだったとか。
文化祭やクラスマッチ、水泳大会や体育祭、学校の何気ない風景など、
総数は900枚にもなったそうだ。

それからというもの、休日を利用しつつ2年をかけてその写真をスキャナで取り込み、
整理をしたO君。

それらを改めて見てみると、35年前の自分たちの姿は大変懐かしく、
エネルギー溢れる当時が蘇る貴重な記録(記憶)になっているとの事。

それで、クラス会ではこれらの写真をスライドにして見ながら、
みんなで当時を振り返り盛り上がろう~というわけなのだ。

案内状の裏には、「あのころ・・・」と題して、
その写真の一部が数枚張り付けてあった。

1枚目には、なんと、私の写真が!!
ソフトボールのクラスマッチ。
バットを握って嬉しそうにバッターボックスに立っている18歳の私が・・・
ジャージにハチマキ姿の私が写っているではないかぁ~~!!(笑)

それだけでも、もう~懐かし過ぎぃ~~(T T)

5年前のタイムカプセル開封時の写真もあり、そこにも私が。(笑)

あと、何が出てくるのか、そこにはどんなみんなが、どんな私が出てくるのか、怖いような気もするけど・・・
怖いもの見たさというのもあって、

こちらも楽しみじゃ~~~[るんるん][るんるん][るんるん]

  


タグ:クラス会
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